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キーワードは「脱欧復倭」である!

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明治維新後に日本は「脱亜入欧」、つまり「後進世界であるアジアを脱し、ヨーロッパ列強の一員となる」というスローガンを掲げて富国強兵を行って来た。
これは福澤諭吉が唱えた説であると、ものの本には書いてあるのだが、諸説あるらしい。

福澤諭吉は私の母校を創設した人物でもあるのだが、文明のぶつかり合う今の時代に、我が国に必要なのは「脱欧復倭」であると私は考えている。

詳細については中西輝政氏の「国民の文明史」を読めばご理解頂けるのだが、欧米では「ヨーロッパ文明が世界の普遍的な文明になる」と考えられていたが、実際にはそうはならなかったのだ。

一般的に文明の定義は日本語での表現が難しいのだが「野蛮を脱して高度の芸術・科学・宗教・政治などが発達した状態」(civilization)、一方で文化とは「ある民族の信仰・伝統・習慣などの全ての生活様式を総合したもの」(culture)だそうである。

アメリカの国際政治学者「サミュエル・ハンチントン」は、著書「文明の衝突」の中で、世界の文明を「ヨーロッパ文明(キリスト教)、中華文明(儒教)、日本文明、イスラム文明、ヒンズー文明(ヒンズー教)、スラブ文明(ロシア正教)、ラテンアメリカ文明、アフリカ文明の8つに分けている。

グローバル化が進んでる現代でも、文化と言う部分では生活様式などの面で、部分的にヨーロッパの文化面は世界で普遍化していると言えるが、宗教や価値観の部分では全くそれが進んでいない。

日本から他の文明を見た場合、価値観や考え方がお隣の中国や韓国と比べただけでも、全く違う事が分かる。
似てきたのは生活様式だけなのである。

日本は早くからヨーロッパ文明を取り入れて来たが、中華文明を取り入れた時と同様に日本に合わない部分は削って日本流に改造してきた。

大東亜戦争以前の状況を考えた場合、ヨーロッパ列強はアジアやアフリカを競い合うように植民地化し、現地の住民を虐殺し、まるで物や家畜のように苛烈な扱いをしてきた。
植民地から富を搾取し、本国を潤すのが彼らの文明の特徴なのである。

では、「入欧」を目指した日本は同様の事をしたのだろうか?
答えはNOである。

日本の植民地政策は、将来的には日本と共に差別主義のヨーロッパ文明と戦う事が前提であり、事実インフラや教育レベルの向上などに、相当本国からの資金が持ち出されている。
日本の統治を受けた国々に親日国が多いのはその為であり、中国と韓国だけが反日なのは、中華文明とその他の東南アジア文明の違いなのである。

今も昔も、ヨーロッパ人の精神性はキリスト教が基本となっており、異教徒はどんな扱いをしても構わなかったのだ。
一方で当時の日本人の精神の支柱は、江戸時代に「仏教」と「儒学」を基本に封建社会を安定させる為に体系化された「武士道」であり、次の5つの徳を身に付ける事が名誉とされた。

仁…人を思いやり、優しさをもって接し、己の欲望を抑えて慈悲の心で万人を愛す。
義…私利私欲にとらわれず、人として正しい行いをし、自分のなすべきことをする、正しい生き方。
礼…人間社会において、 親子、夫婦、君臣、目上 などの、社会秩序を円滑に維持するために必要な礼儀作法。
智…学問に励み、知識を得て、正しい判断が下せるような能力。
信…信頼、信用、正直など。 約束を守り、常に誠実であること。

幕末期には、日本の支配層にこの思想が根付いており、それが明治維新やその後の列強への仲間入りを果たす原動力となり、その精神性は広く国民に受け継がれ、植民地のかような統治を可能としたのである。

しかし、共産主義勢力からの自衛の為に大陸に進出した日本は、東アジアにおける共産主義勢力の危険性を見落としていたアメリカに追詰められ、大東亜戦争に至る。

戦争に負けた事で、国民はGHQに「日本の行為は全て悪であった」と教えられ、愛国心を奪われ、「平和憲法」を押し付けられる事により、自力で国家を守ることすらも意識しなくなったのだ。
更に共産主義者が国内で勢力を拡大し、日教組により「国家は国民を守るものではなく、抑圧するもの」と教え込まれ、反体制の左翼思想がははびこる事になった。

そもそも「武士道」とは「国家」を強靭なものとする為に体系化されたのであり、「私」よりも「主君」や「国家」を重んじる精神を育ててきた。
当然、国家や組織もその精神に報いてきたのである。

武士道」の「死生観」は公の為に己の身を投げ打つ事が美徳であり、「護るべき国家や故郷や家族の為」にその身を投げ打つ、勇敢な日本軍の奮戦は、大東亜戦争で差別主義の白人達を恐怖に陥れ、東南アジア諸国の住民には尊敬の眼差しで見られたのだ。

しかし、戦後に国家を護るのはアメリカとなり、更に左翼によって「国家は国民の敵」であり、「命が何よりも一番尊いものである」と教えられた事により、「武士道」は過去のものになりつつある。

しかし、ここが日本の底力なのであろうか、三島由紀夫など、命を掛けて大義の為に尽くした者達もいた事で、まだまだ「武士道」の復活の可能性がない訳ではない。



ここで三島は「武士道」以外にも「日本を守るとは、天皇を中心とする歴史と文化の伝統を守ることである」と言っている。
その通りであるが今回は詳細には触れない。

「武士道」とは何も国家に対してだけ機能するものではない、我々現代のサラリーマンでも「会社」「組織」の為、或いは「社員全員」為と自分の保身よりも「大義」の為に動かなければならない事がある。
日本では欧米型の成果主義の会社では、強い愛車精神は育たないのであり、また企業が大きくなればなるほど、社員は「会社」よりも個人の利益を考えて行くようになる。

しかし、我々日本人がその心に「武士道」を取り戻したのであれば、欧米型の経営よりも日本型の経営の方が強い企業になるだろう。

鶏が先か卵が先かという議論になるのだが、組織の中に「武士道精神」を持った者が増えれば、企業や官僚、政治家のあり方も変わって行くのではないだろうか。

「脱欧復倭」とはそういう事なのである。

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tag : 三島由紀夫 武士道 文明 日本

2014-01-12 09:00 : 日本人の精神性 : トラックバック : 0 :
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